第37回 「真実との出会い」

この4~5カ月ずっと、最近住宅を新築した人のインタビュー調査をしている。

このような仕事をもう35年以上前から続けている。その調査のスタイルはほとんど変わらない。これこそマーケティングの原点であることをいまだに実感させられる。本当に様々な事を教えられ、気づかされる。常に新たな固有の情報がそこにはある。それはだれかの二次情報ではない。私が今直面した世界に一つしかない初めての事実である。ここにこの種調査の重要な意味と醍醐味・緊張感がある。

「真実は常に現場にある」というこのことは、多くの、いや殆どの仕事で変わることはないだろう。

マーケティングとは、この事実・真実からある論理を導き出す帰納法である。

今回続けている調査の目的は、まず、住宅を新築する人の考え方、購買行動は大きく変わってきている、という現状・仮説を具体的に検証することにある。その上で、住宅を供給している側として今後、どのような方向、対応が必要なのかを考え、新しく住宅を求める人に役に立つ施策を具体化する、ということにある。

実際に、全くこれまで知らなかった人にお会いしてみると、じつに様々な「真実」「ドラマ」に出会う。

これは、昨日行った人の話。

木の枝が小鳥を探し、小鳥が木の枝を探す、という言葉があるでしょ、私の場合はまさにそれでした。その会社に伺った瞬間、私の求めていた所はここだった、まさに私を待っていてくれた、そういうことを全身に電気が走るように感じた」そうだ。「それは、何に対して感じたのか、どうしてそう感じたのか」と何度繰り返し聞いても、「思い当たらない」と言う。まさにそれは「木の枝と小鳥だった」としか言いようがない、と言う。

マーケティングに携わっている立場としては、それではどうにもならない。私は、マーケティングというのは、極めて論理的な科学であると思っている。人間が何かを感じ、行動をおこしたり、決めたりしたときには必ずそこには理屈がある。「ただそう思った」

というのはあり得ない。たとえそのように対象者(被験者)が言ったとしても、それはその人が自覚(知覚)していないだけで、それを解き明かさなければ次につながらない。

そこで、最初にその会社に行った時出会った場面を一つ一つ思い返していただき、思い当たるようなことを確認していったが、やはり納得できるような明確なものは出なかった。

しかし、もっと話を進めていくと、その人がよくその会社の前を車で走っていることがわかった。そして、その都度その会社の看板が気になっていたことがわかった。それは、「播磨のくらし、宍粟杉の家」というコピーと「木の家の写真」だった。何度も何度も目にすることによって、だんだん気になっていった。そして、自分が家を建てようという時になって、どうしても真っ先にその会社に行ってみたかったというか、自然にその会社に吸い込まれていったそうだ。

看板一つを出すのにも、必ず「想いがしっかりしていなければ伝わらない」ということである。我々のこと、我々の商品を本当に知ってほしいのはどんな人なのか、その人にどんなものを伝えたいのか、ということである。そのことがよくわかった。

今回の場合、「播磨」という地名であり、そこでの「くらし」だった。その地域の暮らしを考え、その地域の木「宍粟杉」で家を建てる、その手伝いを私たちはしている。こんな家ですよ、そういうメッセージである。写真がそれを具体的に物語る。

この「播磨のくらし。宍粟杉の家」というコピーと写真を見て、気になる人だけを対象としているのである。さらに、そういうことをより多くの人に気づいて欲しい、考えてほしい、という想いを発信しているのである。

だから人は気になるのだ。この人も吸い寄せられていったのだ。

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